記憶をひもといて:投票

 投票日が近づいて来ると普段は忘れているのに思い.出される事がある。

 子供が大きくなって友達が必要だろうと、クルビのエスコテイロ(ボーイスカウト)に入会させた。同じ年代の友達が出来、高学年になった時、訪日する機会を得た。日本でのエスコテイロの式典終了後、自由行動となり友達と二人で日本を旅行したと云う。自分は日本語を話せない。

 友達は読めるが意味が分からない。だけど二人一緒だと「コンプレット(完全)で巧く旅行出来たよ」と、帰国後話してくれた。側で見ていたらさぞ面白かったろうにと思いつつ、とにかく旅行が出来たことに拍手を送った。

 機会があって地域の人達と一緒に「帰化」出来た。その過程で裁判官の前でポルトガル語の本を読む試験があつた。帰化することを認めるにしても、せめて本くらいは読めなくては、との主旨かも知れないが、指示された箇所を読み、何を訊かれるのかと心配したが、読むだけで終わりホットした。読めても意味は良くわからない。息子の友達と同じである。それ以来「投票」の義務は附録のようについて来た。やってみると「投票」はかなり気持の良い作業で、最低限の政治参加、時には選んだ候補者が当選すると、中々愉快な気分になれるものである。

 最近のサンパウロ市長選に感じたのは、現市長の人気が無く三位に甘んじていたのが、時間の経過と共にじりじりと追いあげた。投票の義務が無ければ候補者の話等テレビから流れても気にも留めないのだが、義務故に見るとはなしに見ていると、この候補者真面目である。何がどう、とは説明出来ないが何かを真剣にやろうという気迫が伝わって来る。それを多勢の人が感じ取ったのか、開票すると二位になり、決戦では女性候補を追い抜いて当選してしまった。選挙戦での流れには、眼には見えない勝利の女神が存在するような気がしてならない。

 その選挙日当日、早朝からゲート・ボールに興じている仲間が居た。この選挙どこ吹く風のようで気になって午後に訊ねた。

 「投票に行かないの」と。今回は「行かない」と云い、七十歳を過ぎれば義務は無いという。初めて知って心底感心した。これまで一体何度投票に行ったことか。怠けて後々面倒な事が起こっては大変と、それはそれは几帳面に義稼を遂行して来たが、そんな話は聞いたことがないし、子供達ですら説明してくれなかった。

 然し高齢者には有難いきまりだと感心した。足腰が弱って来た人には、本当に助け舟。そんな粋な国故に虫の良いお願いが一つ。

 適任者のいない選挙では、当選して欲しくない候補者にはマイナス一票を投じられないか…-。勿論有効票から減点一。認めてもらえれば、選挙ももう少し面白くなるが可能性はゼロ。せめて七十歳以降の投票には、適任者が居ない時には「今回は投票せず」の特典を大いに使わさせてもらおうと、みつけた楽しみをそっと暖めている。

(2009年8月22日)