記憶をひもといて:日本酒

 或る時から社長の考えが変わった。日本食のレストランも客にしよう。店で用いる食材と資材を調べ上げ、輸入して攻撃をしかけようと言う。

 どんな仕事でも新しい分野への進出は興味が湧く。商品が増え、最後の止めはこれという商品に「日本酒」があった。四?五種の銘柄を試しているが決定打が出ない。そんな市場なのにある銘柄だけは断トツに広く行き渡り、それが最近店から消えて行くのに気が付いた。親しくなった板前さんに訊ねると「うん、何かまずいことがあって、あの酒の輸入商、続けて輸入出来なくなっちゃったと言ってたな。だけどあの酒、俺達にはピツタリなんだがな」

 そんな日本酒なら代わって輸入したい。今あるレストラン向けの商品に更にこの酒が加わればベンデドールとしても非常に仕事がやり易い。

 そうこうする内に、その酒の代理店探しに製造と販売会社の両社長が来伯、との噂が流れ出した。なんとしてでもその権利を頂こう、自分なりに考え始めた。

 或る日、その噂は現実となって両社長の訪問を受けた。初対面の両社長を前にどうやってこの人達の心を捕らえられるのか。今行動を起こさないとチャンスは遠ざかる。とりあえず話を聞くと、下準備はあるものの、酒販売可能な取引先の情報を求めていると言う。それなら簡単。地で行けば良い。

 まず社長不在の理由を告げ、自分が代わって協力出来ると申し出た。現時点で適任会社は次の数社。夫々の特徴、とり分けライバル社については詳しく念を入れて伝えておいた。社長なら多分そこまでは、と思つたがこれは私のやり方、これでダメならあきらめもつく。私の話で目的達成とみえ、雑談後お礼を言って帰られた。

 訪日中の社長にFAXを入れ、兵庫県にある本社を訪問し、代理店の件、何らかの行動を起して欲しいとお願いした。これは他社では出来ぬこと。

 驚いた事に、翌日夕方再度両社長の来訪。日本の本社から貴社の調査を指示して来たが話は昨日伺い済み。一応本社の指示に従ったことだけは示しておきたい、と。社長迅速に行動されたなと感心しながら話を伺っていた。何日かゞ過ぎた。両社長のもう一度の訪問を受けた。調査は無事終わり、あの情報非常に役立ちましたとお礼の言葉を聞きながら、心の中では叫んでいた。「この権利いただきい…」と。社長が帰伯され、そして契約書が届いた。

 伯国での代理店は、貴社にお願いしたい。その附帯事項を読んだ時、あっと驚いた。「日本酒の販売は、我社の製品のみとし、他社のいかなる銘柄も取り扱うことを禁止する」。

 これまでの努力で、幾らか馴染みとなったあの銘柄が急にスーツと遠のいた。新しい権利を得ることは、既存の権利を失うことだと知らされる出来事でした。

(2009年7月11日)