「孵化場を訪れた機会がありますか?」
雛が発生した時の孵化場は真に戦場のような状態で、単なる興味や好気心の旺勢な人に、附き合ってはいられない程忙しく構ってくれないのが普通です。だからこのような問いに対する答えは、最初から分かつているのです。「機会はありません」と。孵化機の中から、小さな元気な雛が一杯詰まった鉄製のお盆が取り出されます。中で動き廻っているつぶらな真っ黒い瞳の雛がとても印象的です。母鶏に替わって機械が二十一日間卵を暖め続け、今雛にかえったのです。
その時孵化場の廃棄物としてかなりの卵が雛に成り得ず、卵のままで捨てられます。でも雛になる機会が与えられ、機械は二十一日間暖め続けてくれました。
孵化場では、暖めもせず、種卵として生産されたのに食卵に廻される気の毒な卵が無数にありました。日本のマヨネーズ工場では、億という単位で卵を処理するので、卵の穀が多量に廃棄物として出ます。企業は機械や設備を備え、殻を卵殻と卵殻膜とに分け前者からはチョーク、後者は繊維になってジーンズのズボンが作られるというのです。
此れ程の大掛かりなことは伯国では少々無理ですが、孵化場が取り組んだのは、食卵として販売されていた小さな卵をより高い付加価値をつけ利用しようとしました。
私達の年代は子育ての時、小さく産んで大きく育てろと云い聞かされて来ました。本当に小さく産めるのか、今から思うと疑問な点も残るのですが、小さな子供でも育て方次第で大きくなると考えると、雛も同じことが云えるとの考え方が基本になり、小さな種卵の利用が計画され、推進、確立されました。機械が卵を暖める時、卵の大きい小さいは関係なく一様に暖めます。そうすると小さい卵の方は暖まり易いので時間的には早く雛になり孵化機の中で飲まず、食わずで過ごします。
温度、湿度は申し分ないにしても、雛は少しずつやつれて来、体重は減少し、養鶏場に着いた時はヘトヘトで、ギブ・アップ寸前と考えて下さい。育つどころか死ぬ可能性の方が高く、経験的に小さな卵は最初から食卵に廻していました。小卵だけを集め孵化させ、早めに雛を取り出したら雛は元気なはず。それを育雛専門のプロの技術者が注意深く育て、産卵寸前の若鶏にして養鶏家に渡す。一羽当たりの価格は高いが、産卵寸前の若鶏故、購入すれば養鶏場全体の産卵計画も建てられ、育雛場は不要になり、育雛に関したわずらわしさからも解放され、有利な面も浮かび上がって来ます。
このプロジェクトは巧く稼働し、定着していますが、鶏の卵にしろ、肉にしろ、「物価の優等生」などとおだてられ、中々値段は上がりません。コストを下げる努力と共にこういう新しい考え方を元に、利用出来るものは利用して、新しい産業を起こし、もう少し生産者にも有利な事業は必要だと思います。
(2010年3月27日)