サンパウロからの小話17 クセ(A 鎌谷)

 親しい人が亡くなった。葬儀、ミサと亡くなった人に対する普通の別れは、この人にはしたくないとの気持が湧いて、残された者がこれから先何とか独りでやっていく決心がついた頃、自宅を訪ねてみようと思い立った。近くではない。前もって電話をし、当日出かけた。

 車を独りで運転するのはなんでもないが、心配事がひとつある。走る距離が長いと眠気が何時襲ってくるのか見当がつかない。運転しながら寝入ってしまうのだから危険この上ない。

 予防のために水筒と濡れタオルを用意して出発。昔通った街道は、舗装もよく、料金徴収所まで設置されていた。

 簡単に辿り着けると読んだのだが、最後は道が分からぬ、SOSと電話して出迎えてもらい、やっとの事で目的地まで辿りつけた。

 養鶏の巡回指導が仕事だった現役の頃、月に一度は訪問していた。雛の成長が順調だとさほど気を使うこともない。病気は突然襲ってくる。その最初の兆候を逃がすことなく初期の段階で芽を摘んでおかないと鶏の飼育は失敗する。育児で鍛えた女性の感覚は、ある意味では男性以上に優れていると思われた。

 そんな仕事を通じての積み重ねた歴史があるから退職後訪問していないブランクを埋める意味からも独りで訪ねてみる気になったのだが、緊張しての行きは無事。ホッとした帰りに予想通り眠気が現われ出した。街道は幅広く、徐行線もある。早めに脇に出て、車を停めて眼を閉じる。こんな時には中々眠れない。暫く休み、水を呑み、濡れたタオルで顔と首筋を拭いて出発。

 しかし時間がたつとまた眠い。我慢して走っていると急に車が左、右に揺れる。一瞬寝入ったのだろう。黒い車が猛烈な勢いで脇をかすめて走り去る。車の揺れがひどくなるとぶつける恐れがある。もう一度休憩。そうやって四、五回休んでウマジナルまで辿り着く。終着駅まではあとすこし。しかし車の数は増えたようだし、一時停止の場所も少ない。困ったぞと考えながら一番右側を走っていると、脇道からサッとミカン、ジュースを運ぶタンク車が出てきて先を走り出した。

 巡回指導の頃は、今ほどの交通量もなかった。奥地にある養鶏家めざして走る一人旅は案外退屈なものだ。途中で行き先が同じトラックに出会うと旅は道連れと後にくっついて走ったものだ。単調な旅が少しは癒される。毎回そんなことを繰り返していると、もうそれはクセのようなもの。

 今、前の車について走りながら、どこか車の停められる場所を、と気をつけていると眠気が薄れ始めた。あれぇー、本当かなぁこれは、と思いつつくっついて走る。 毒を以て毒を制す、と言うけれど、二つのクセがこれまで殆ど同じ時期に出会ったことはない。しかし今回はどうやら毒を制せたらしい。頭はスッキリ。無事我家に着いた。